2009/2 東北地方温泉巡り

2009年2月16日(月)
カナダ在住で、冬季は尾張旭の両親に会いに里帰りするヨシキと東北地方の温泉旅行をした。名古屋駅の新幹線ホームで待ち合わせをし、私は岐阜羽島から乗車し、東海道新幹線と秋田新幹線で秋田県の田沢湖駅まで行った。途中富士山がくっきり見えた。新幹線から富士山を見たのは初めてだった。東北新幹線を利用するのは20年以上ぶりで、前回は大学生のとき、北海道旅行でフェリーで苫小牧から仙台に行き、確かラグビーの合宿のため、私だけ仙台から新幹線で帰って以来だった。確かグリーンと白の車体だったと思う。今はカラフルなデザインとなっているが。東北新幹線も私が知らないうちに、八戸まで伸び、来年青森まで開通するそうである。今回東京駅から秋田行きのこまちと八戸行きのやまびこが連結器でつながって出発し、盛岡で切り離されていた。秋田県東部で岩手県との県境に近い、田沢湖駅から羽越バスに乗り、そこから旅館所有のバスで秘湯と呼ばれる乳頭温泉郷の鶴の湯旅館に到着した。人里はなれたところで、まさに雪化粧の似合う旅館という感じで、入り口には大きなかまくらが出迎えてくれた。従業員の服装も伝統を感じさせるものだった。私たちが泊まった部屋は本陣と呼ばれる個室でテレビもなく、囲炉裏があり、炭火で暖を取るタイプだった。一酸化炭素中毒にならないように、隙間風の入ってくる部屋だった。早速露天風呂に入りに行った。 寒い雪景色に舞う湯煙は幻想的な雰囲気を味合わせてくれた。温まったあとの夕食は炭火焼の岩魚やきりたんぽ鍋などもあり、贅沢三昧だった。夕食後は、内湯に入った。露天風呂よりは熱めで、よく温まったまま床に入った。

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2009年2月17日(火)
ここは2週間ほど前テレビ東京の番組でも取り上げられるほど有名な旅館で、350年の歴史があるそうである。予約を取るのに、大変らしく、運良く一室予約が取れた。ここは半年前から予約できるそうだが、前日のキャンセルでも、キャンセル料はかからないとのことだ。旅館をチェックアウトして、11時10分発の2つのバスで田沢湖駅に戻ってから、昼食にとろろそばを食べた。帰りも秋田新幹線のこまちに乗り、次の停車駅は東北地方の有名なスキー場・雫石(しずくいし)だった。盛岡で、やまびこに乗り換え、次の目的地新花巻に行った。花巻は今まで宮城県と思っていたが、まだ岩手県だった。駅前には次の温泉地・鉛温泉行きのシャトルバスに乗った。この鉛温泉は大沢温泉などの花巻温泉郷の一つで、駅からバスで1時間の場所にあった。宿泊したのは藤三旅館(とうさん)という名前だった。最初は、3階の部屋の予定だったらしいが、エレベーターもないとのことで、3000円ほど高くはなったが、1階の部屋に変えてもらえた。この温泉郷には自炊部というのがあり、湯治で来る人(長期宿泊者)のために、安く宿泊できるよう、旅館部とは別棟の施設があった。ここの旅館には立ったまま入浴する深さ140cmと日本一深い浴槽があった。夕食後は、別の露天風呂の内湯の浴槽に入った。

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2009年2月18日(水)
川沿いの露天風呂に入り、雪景色で格別だった。9時半ごろのバスに間に合うよう、チェックアウトし、シャトルバスで駅に戻った。この新花巻駅は新幹線のためにできた駅で、周りには食事できる場所は蕎麦屋くらいしかなかった。予定より早めに仙台よりの古川駅に行くことにした。回転寿司に行きたかったので、駅の案内所に聞くと、回転寿司の店はなく、普通の寿司屋しかないとのことだった。鳴子温泉に行くまで時間があったので、徒歩20分の寿司屋に向かって歩いた。しかし、徒歩20分とはいえ、健康な人の歩く速度が出ない私には大変難儀で、しかも風が強かったので、途中に海鮮定食のある店に入ることにした。ご飯の上に刺身がのっていて、要は、それで十分だった。別の客の集団のおばさんの声が聞こえた。しっかりズーズー弁で、宮城の人もしっかりなまっているのだと思った。古川駅からはJR陸羽東線の2両編成の各駅停車の列車に乗った。1・2時間に1本しか本数がなく、ワンマンカーと呼ばれる回数券を取る列車に乗り、山形県の新庄駅と古川駅の中間にある宮城県西部の鳴子温泉駅についた。所要時間は約45分で、午後3時頃ついた。下車すると旅館の従業員の若い女性が車で待っていてくれた。歩いて5分くらいでいける場所にあったが、私には大変ありがたかった。旅館名はゆさや旅館と言った。旅館の客だけが利用できる乳白色の露天風呂{茜(あかね)の湯}に入り、当然屋根はあったが、雪の中での入浴はなんとも言えず、二人とも大変気に入った。少し休憩して、7時の夕食の前に滝の湯という旅館の隣の公共の温泉に入った。ここは地元の人もよく利用する温泉だが、地元の人はまだ汚れていない朝風呂に利用しているそうである。

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2009年2月19日(木)
最終日の朝となった。昨日は行った露天風呂に入りたかったが、そこは夕方以降しか入れないそうで、内湯のうなぎの湯という浴槽に入った。湯の色はグリーン色のお湯で、温泉旅行最後の入浴を満喫した。予定を4時間くらい早めて、11時7分の列車で古川に戻った。昼食に昨日行った海鮮料理の店に行こうとしたが、駅1階に入っていたスーパーで握り寿司を買い、新幹線の改札近くのコタツで食べた。 さすがは寒く、のんびりしている東北地方の駅にあると感心し、名古屋駅だったら、ホームレスとかに占領されるんではなかろうかと思った。真横の土産店で大根、なす、キュウリの漬物を土産に買った。駅の1階に入っていたマクドナルドでコーヒーを飲んだ。 古川駅でも、予定より2時間位早めの新幹線の「やまびこ」と「ひかり」で名古屋に向かった。ヨシキは名古屋駅で降り、中央線と名鉄で帰った。私は東京駅から乗ったひかり421号が運良く岐阜羽島駅に停車したので、そこで下車した。乗り換えの少なく済む私にとっては非常にラッキーだった。古川駅であらかじめ迎えをお願いしておいた父親の車で19時過ぎに帰宅した。ところで、普段出歩かない私にとっては、十分すぎる気分転換となった。暇さえあれば入浴していたヨシキは、本当に温泉好きだと改めて感心した。ヨシキは本当に心強い存在で、彼がいなかったら、温泉旅行しなかったはずである。病気も以前よりも進行し、人並みに歩けなくなってしまい、歩くときはヨシキの肩につかまって移動した。夕食には卵焼きとベーコン、鍋料理で肉を食べ、貧乏性の私は出されたものはすべて食べた。普段よりはるかに食べた感じである。食事療法をした一部の人の話によると、アイスクリームを食べて、病状が悪化したとか、パンを食べて、調子が悪くなったとか、断食状態のときは歩行が良くなり、少しでも食べると、歩きが悪くなるとかのそういった経験はこの旅行中は全くなく、幸か不幸かつくづく鈍感な体だなと感じた。しかも、普段、朝食は食べないのに、残さず食べて、むしろ、この際、食べ過ぎてしまった。これがマイナス面だ。私の体を見て、「こんなに若いのに、体が不自由でかわいそう」と思った人もいたかもしれない。プラス面は、かなり歩き、 日ごろ歩かない自分にはいいリハビリができたと思う。簡単に私がやっている食事療法を説明すると、私と同じ脊髄小脳変性症だった人でこの食事療法で唯一改善した大阪在住の森さんと言う女性から紹介していただいた。この食事療法は、ほかにも、ガンやさまざまな難病を治療していて、基本的に、朝食は食べない。昼と夜だけ、豆腐、生野菜、生の玄米粉(炊いた玄米ではない、塩か蜂蜜で味付け)を食べ、しかも、腹5分か腹6分に抑えるというものである。同時に独自の体操も行う。帰ってから、食事療法にまじめに取り組み、なんとしてでも、早く健康な自分に戻り、自由に動き回りたいと強く思った次第である。少なくとも、続けることによって、進行は抑えられるということを信じて。

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