2008年7月19日
大学時代の所属サークル「Salty Dog」結成25周年の集い 大学生活では2つの団体を掛け持った。高校時代ラグビー経験があり、奇しくも数多くのサークルの中で上ヶ原ラグビー同好会に入った。当日も土産に買ったフィジーラグビーナショナルチームのジャージーを着て、参加した。完全に硬派の団体だったので、
ラグビー同好会で知り合った藤久保、宮崎、山根が新しいサークルSalty Dogを作ったときは、迷わず入れてもらった。単なる山ほどあるテニスサークルとは違い、テニス以外にもラグビーを含めたソフトボール、バレーボールなど様々なスポーツができ、合宿では音楽(ギターの弾き語り)もあったくらいだ。その点が他にはないサークルの特徴と自負している。私はラグビーのたまり場には興味がなく、暇さえあれば、Salty Dogのたまり場で時間を過ごし、時折喫茶部(学内の喫茶店)で語り合ったことも懐かしい思い出である。
39歳まで入院したこともなく、学生時代にラグビーの合宿で足首を骨折したくらいしかけがもしなかったので、脊髄小脳変性症を発症したときは青天の霹靂で、まさか遺伝するだろうとはみじんも考えていなかった。市民病院で検査を受けるまで約3年あったが、やはり、あらゆる場面で母親から同じ病気を引き継いでいるという予兆を感じさせる瞬間は何度もあった。病気になってしまうと7年という猶予はあったものの、気合いとか気力は全く通用しなかった。特に、病気の後半は誰が見ても、明らかな病人となった。サークル25周年の集いの連絡をもらったときは、最初、病気で体が不自由なため、参加をためらったが、今になって思うと、わざわざ新幹線に乗って、行った甲斐があったと思う。このくらいの状態で杖をついて、歩ける状態ならば、行かずに後悔はしたくなかったからだ。当日は岐阜羽島から新大阪へ新幹線で移動し、新大阪のホームで東京から来た同期の坂口と待ち合わせ、JR東海道線で西宮に着き、そこから別の同期の藤原の車まで関学会館に送ってもらった。
会場は大学構内にある関西学院会館1階「輝きの間」で、午後12時30分の開始に関わらず、時間的余裕を見て会場に早めに着いた。まず、
藤原の司会で一人ずつ近況を報告した。初代会長の藤久保と一年後輩の上林がこしらえたという、学生時代の写真のスライドを見たり、集いに参加した人と思い出話に花を咲かせて、楽しいひとときはあっという間に過ぎ去った。満足に歩けない状態ではバイキングの食事も取りにいけず、学生時代のように、懐かしい参加者に飛んで歩いて、話しかけたかったが、こちらまで話しかけてもらうのを待つしかなかった。
1次会の最後は、関学の象徴と言うべき中央芝生で記念撮影をした。 2次会会場は同じ関西学院会館に戻り、1階のレストランポプラで行った。気の置けない者同士が固まり、ここでの楽しいひとときもあっという間に過ぎ、お開きの時間となった。サークル内同士で結婚した2年後輩の吉川夫妻に車でJR西宮駅まで送ってもらい、新大阪駅のホームで上林に会った。新大阪からは日帰りで私は岐阜羽島まで、坂口と上林は東京まで帰った。
今度はいつどこで創部記念の集いがあるか分からないが、また参加してみたいと思う。

こんにちは
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